2018年4月18日水曜日

消費者にとってわかりやすい表示

情報館には、日々様々な方がお越しになります。
お酒に関する色々なアイデアを持った方が来られて、
様々な視点から酒の世界をより楽しく、より便利にするアイデアを語っていかれます。

とても有難いことですし、
自分自身にとっても良い勉強になります。

昨日お越しになった方からは、
日本酒の表示についてのお話を承りました。
それぞれの酒の味わいが、
消費者にとってもっとわかりやすいものであれば、
何だか小難しくて面倒くさいと思って引いてしまう消費者を取り込み、
日本酒の消費を引き上げるのではないか。
そのために、ひとつの基準ですべての酒の香味を数値化することで、
味わいを「見える化」したい、というお話です。

酒の特徴を客観的な数値化・言語化することが出来れば、
そりゃぁ、消費者としては助かりますよね。
酒売り場の店員さんや飲食店のソムリエや唎酒師のような職業は
必要なくなってしまうかも。

昨年は香りを分析するセンサーを開発された会社の方がお見えになって、
酒を「見える化」しましょうというご提案を受けました。
別の会社の方からは、新しい味覚センサーの話も伺いました。

精度の高いセンサーを用いて、香りや味わいの様々な要素を数値化することは第一段階。
これだけでも、とても意義があることだと思います。

様々なサンプルから得たデータを比較することによって、
サンプル同士の相似関係がわかります。
似た香味の酒を探すことができるのは、
消費者にとって ものすごく大きなメリットに繋がると思います。

「十四代を売ってますか?」
と言って来られるお客様に「No」とお答えした時、
その次に来る質問は、ほぼ間違いなく
「それでは十四代に似た酒はありますか?」という質問だからです。

これは、ものすごく実質的なお話です。

でも実際に市販されている多くの酒を分析にかけてデータ化する作業は、
ものすごく大きな労力を要します。
そして、面倒なことに、
酒の味は必ずしも一定ではありません。
毎年同じデータの酒を造り続けるのは
手造りを基本とするメーカーにはかなり高いハードルと言わざるを得ません。

もうひとつ大切なこと。
それは、人間が数値を理解するためには、
言葉に置き換えなくてはならない、ということです。
「バラの香り」とは、
ひとつの香りではなく、凄まじく沢山の香りの要素が複合して出来上がったものです。
異臭を見つけるように、
ひとつの特殊な香りで「バラの香り」を表現することは出来ません。
そこには人間の官能による評価がどうしても介在せざるを得ないのです。
どこかの天才的な官能評価者が張り付いて数値の言語化を行う。
もしくは、できるだけ数多くの評価者の意見を集約する。
いずれも、大きな労力を必要とする作業です。

まぁ、それでも学習能力のある AI の時代ですから、
いずれは解決されるのだと思います。
結局人間の能力には限界があると、
そのあたりで考えることをストップしてしまうのが人間ですね。

でも、能力の高いソムリエによる美しい酒の表現や、
驚くようなマリアージュの提案を聴くのは、
食事をする上でのひとつの楽しみのひとつだと思うのです。

人間にしかない主観を戦わせることによって、
評価は洗練されてゆくものですし、
個人の日々の鍛錬によって、バラバラだった主観が徐々に方向性を持ち始める。
そんな試行錯誤や
人による一見バラバラな評価をひたすら積み上げてゆくのも、
ひとつの文化のありかたなのではないかな、
とか思ったりするのです。

2018年3月23日金曜日

フレーバータイプの日本酒・焼酎


私は昔から古酒に興味を持っていて、
この「時間軸」のバラエティこそ日本酒の付加価値を最大限に高める可能性を持っているという酒茶論の上野伸弘さんのご意見には大いに共感しています。

ただ、日本の市場では、古酒はなかなか育ってきません。
ならば海外をターゲットにして、
そこから日本へのブーメラン効果を狙ってはと思い、
ジョン・ゴントナーさんに相談したことがありました。
ずいぶん昔のことです。

その時の彼の答えが私にはとても印象に残っているのです。
ジョンさんはこう言いました。
「確かに古酒は魅力があるし、将来的な市場の可能性があるのはわかるけど、
海外の人に古酒を理解してもらうのは、まだ早いと思う。
日本酒のことをほとんど知らない人に魅力的な酒だと思ってもらう切り口は、
やはり吟醸酒だと思う。
吟醸酒の香りに、ほとんどの人はびっくりするはずだから。」

ものごとを本格的に、突き詰めて考える傾向のある私にとって、
とても印象的な言葉でした。

そうか、
知らない人に「おいしい」と思ってもらうことが大切で、
その要素として香りのインパクトは大きいのだ、
ということです。

確かに、香りは魅力的です。
そして香りの強いものは、香りの弱いものを覆い隠します。
その香りがいやな香りでない限り、
香りの強い酒は多くの場合比較優位に立つのです。

カプロン酸エチルの強い酒が市場を席巻した時代がありました。
あの香りに少々飽きがきた今でも、
やはり香りの高い酒は、酒をあまり知らない人にとってわかりやすい酒です。

ここ数年、アメリカからクラフトスピリッツのムーブメントが来て、
日本でもクラフトジンが話題を集めています。
私たちがこれまで飲み慣れた大手のジンと違って、
最近は「ボタニカル」がキーワード。
様々な副原料を使うことで、独自の複雑な香りを楽しめます。
数ある世界のスピリッツのなかでも、
ジンは、まさに自然な香りのバラエティを楽しむ飲み物です。

酒税法の改正によって、ビールにも副原料の使用が認められるようになります。
今年の春から、
大手メーカーはこぞってオレンジピールやコリアンダーなどを使った新しい香りのビールを市場に投入してくることでしょう。
大きな流れになるかどうかは別にして、
強い香りは、弱い香りを覆い隠します。

私は、折角日本酒に興味を持ってくれた若者たちの目が、
こういった香りの飲料に奪われてしまわないか、
とても心配なのです。

であれば、日本酒もフレーバーを求めて冒険をしてはどうか。
新しい香りの副原料を使った日本酒があってもいいのではないか。
そう思っていたら、
さすがに同じようなことを考えている人がいるのですね。
稲川さんという若い起業家の方が、
ボタニカルをキーワードにした日本酒をプロデュースしたというニュースが入ってきました。
素晴らしい試みであると思います。

副原料を使うと、日本酒とは呼べず、リキュールということになります。
でも、そんなことを気にしているのは関係者だけです。
消費者にとって酒税法上の分類など何の意味もなく、
美味しいかどいうかだけに関心があるのです。

本格焼酎も同じこと。
むしろ焼酎こそ香りにこだわるえき飲みものであることを考えると、
どんどん新しい香りの可能性を探求することは、
新しい未来を拓く可能性を持っていると思います。
焼酎なんて、たかだか500年の歴史だと大きな眼を持って、
大胆に今の常識を覆す。
そんな起業家精神を持った方を、業界は求めています。

考えている人は沢山いるはず。
さて、
どこから出てくるか。

2018年2月8日木曜日

牡蛎には日本酒とワインのどちらが合うのか?

日本酒と料理のフードペアリングというテーマは、
もう何十年も議論されていますが、
いまだにこれといった確立されたセオリーというものはありません。
それは、
フードペアリングというテーマが人の官能に基づいた主観的なテーマであり、
また、料理というものが素材・調味料・料理法によっていかようにも変化すること、
そして素材そのものも季節や産地によってまったく異なった味わいであることなど、
ペアリングのパターンがあまりに多すぎるというのがひとつの理由でしょう。
また、
それに合わせる酒の方も、その分類があいまいで、
酒がどういうタイプの酒であるか、確たる分類法が定まっていません。
特に日本酒の世界は長く特定名称に縛られているので、
特定名称と酒質をリンクさせて考えたがるのですが、
料理との相性における酒のタイプとは、
しばしば特定名称とはかけ離れた分類になるものであると思います。

日本酒の国際化を促進するにあたって、
特にワイン文化が根付く欧米では、フードペアリングを避けて通れませんし、
食中酒と言ったとたんに、彼らはフードペアリングを想像します。

ただし、ワインと日本酒のフードペアリングを並列的に比較するのは、
少し無理があるように思えます。
それぞれの酒が育ってきた食文化の背景と、
ワインと日本酒という酒そのものの質的な違いがあるからです。

例えば、
皆さんは酒と料理を交互に飲んでおられると思いますが、
酒を飲んでから料理を食べた時に
口にある酒の味が料理にどのような影響をもたらすか。
逆に、
料理を咀嚼したあとに酒を飲んだ時、
口の中に残る料理の味は、酒にどのような影響をもたらすか。
そもそも、
料理を口の中に残したまま酒を飲んで混ぜ合わせるのか、
料理を飲み込んでから酒を飲むのか。

飲んで食べるという行為を考えただけでも、
複数のパターンがあり、
それぞれに感じるものは異なるのです。

日本食は元来さっぱりとした食べ物で、
日本酒も、どちらかといえばさっぱりとした飲み物です。
そして、
日本の伝統的な酒席では、
酒を基本として飲みながら、
口直し程度に少量のつまみをつまむのが普通でした。

ですから、日本におけるペアリングとは、
ガツガツ飲み食いするというよりは、
チビチビと酒や料理の余韻を楽しむというのが基本になっていると思います。

こってりとした料理をワインの酸で洗い流すとか、
肉の脂身とワインのタンニンを混ぜ合わすことで、味わいが和らぐとか、
第3の新しい味わいが生まれるとかいう発想とは、
ちょっと基本的に異なる部分があるのです。

その違いをしっかりと理解したうえで、
国際化をはかる日本酒は次の次元のフードペアリングを目指さなくてはなりません。

日本の食文化も近年大きく変化し、
西洋化、国際化が進みました。
その背景をベースにして、
日本酒の多様性も大きく進展し、
淡麗な酒から濃醇な酒まで、
甘い酒から辛い酒まで、
またワインのような高い酸味を有した酒も出てきました。
ひとつの酒を最初から最後まで飲んでいた従来の酒文化とは、
まったく発想の異なるペアリングが、今こそ求められているはずです。

今後の日本酒の国際戦略を進めるにあたって、
日本酒業界では、魚介類をターゲットとして、現地のワインマーケットを攻めようと言っています。
農水省が中心にJETROの外郭団体として日本産食品のプロモーションをミッションにスタートしたJFOODOでも、
生の魚卵など、ワインの弱いとされている食材をキーディッシュとして
日本酒の強みをアピールしてゆくという作戦を打ち出しています。

そんなこともあり、
先日、有志の仲間と牡蛎をテーマにしたワインと日本酒の比較試飲会をやりました。
生牡蛎、蒸し牡蛎、牡蛎のマリネという3種類の食材を用意し、
吟醸、生もと純米 の2種類の日本酒と、
サンセール、有機ロゼ の2種類のワインとの比較テイスティングです。

詳細な結果をここに記すことはしませんが、
日本酒を飲んでから生牡蛎を食べた時、
生牡蛎のうまみがぐっと増すのが良くわかりました。
2種類のアミノ酸が合わさった結果、うまみの相乗効果があらわれたのだと思います。
ワインだと、どうしても生臭みがつきまといます。
少なくとも、生牡蛎のペアリングでは日本酒に軍配が上がるのだろうと、
嬉しく思う勉強会でした。

フードペアリングは深い話なので、
勉強しながら、
私自身が少しずつ深めてゆきたいと願っています。




2017年12月8日金曜日

くーす(古酒)

久し振りに強く印象に残る酒に出会いました。
泡盛の古酒です。
本格焼酎の蔵元の集まった懇親会で、
とある泡盛メーカーの社長がカバンの中から取り出した秘蔵の瓶。
来歴の細かいストーリーは忘れてしまいましたが、
30年古酒が多くブレンドされた、「あるだけしかない」お酒です。

最初は、まろやかできれいなという印象より強いものはなかったのですが、
時間が経つほどにやわらかく甘いバニラの香りが際立ってきます。
これはもう泡盛の独特な風味とはまったく違った、
素晴らしく上質な香りです。

良いスピリッツとは、
やはり香りなのだと強く思いました。
この上質な香りを知ると、
何度も何度も嗅いでみたくなり、
そこから離れられなくなってしまいます。

泡盛以外の本格焼酎も含めて、
実は私は甕貯蔵の酒にあまり良い印象を持っていませんでした。
特に目の粗い安物の甕に貯蔵された酒は、
独特の泥臭い、田舎っぽい香りがあって、
いくら口当たりがまろやかになっても、
これが高価に売るだけの価値があるとは、どうも思えませんでした。

見た目は良くても、
琺瑯タンクの方が好き。

以前、だいぶ昔のことですが、
球磨焼酎の蔵元を訪れた時、
内側まで釉薬が塗られた甕がたくさん並んだ貯蔵庫で、
同じく何十年も経った古酒を飲ませて頂いたことがあります。
この酒は、忘れられぬ強い印象を残してくれました。

そんな酒に出会うことはそれほどありませんが、
出会う喜びは格別ですし、
一生忘れない印象が残ります。

これがあるから、
やめられないのかな。

久し振りの嬉しい夜でした。

2017年12月4日月曜日

Bio日本酒について

もうずいぶん昔のことになりますが、
酒類流通の仕事をしていた頃、
仕事の関係で自然派の酒造りをする蔵元に出会ったのがきっかけでしょうか、
「オーガニック」とか「自然派」という言葉の響きのカッコよさと
時代の一歩先を行く誇らしさのようなものから
ライフスタイルとしてのナチュラル指向に興味を持ってきました。

「有機栽培米使用」とか「オーガニック清酒」と記した日本酒があると、
興味を持って出来るだけ口にしてきましたが、
なかなか腑に落ちる商品に出会ったことがありませんでした。

その頃から、
「オーガニックだと酒の味の何が違うのだろう?」
「オーガニックだからって美味しいと言えるのだろうか?」
こんな素朴な疑問がつねに頭のなかにモヤモヤとしていました。
要するに高い対価を支払って買う価値があるのだろうかということです。

オーガニックやマクロビを信奉する方々は、
なんとなく理屈っぽくて、
それでいて良いとなると宗教みたいに頑固で、
どうも少々面倒くさいイメージがあります。

実際に、流通としてオーガニック系の日本酒を取り扱ってみて、
その価値を人に伝えることはとても難しいということも経験しました。
なかなか、簡単に売れるものではありません。
カッコいいだけで、人はお財布の紐を緩めてはくれないのですね。

ただし、ひとつ言えることは、
自然派系の日本酒を真剣に造り続けている方々は、
とても人間的に素敵な方が多いということです。
それは、自然派の原料調達や酒造りのプロセスが、
売るがためにという目的で続けられるほど楽な仕事ではなく、
本気で骨を埋める気持ちを持ってなくては出来ない仕事だからなのかもしれません。

自然派に詳しい知人から、ここを見てきたらいいよと言われて、
千葉県神崎町の寺田本家を見に行き、
先代社長の書かれた「発酵道」という本を読んだことが、
私にとっては大きな転機になりました。

「道」というほどに徹することは、人の心を動かすものだという驚き。
そして、その「場」に働く人や集まってくる人々の醸し出す、
何とも言えぬ「良い雰囲気」です。
一言でいえば、「気持ちの良い蔵」。
味の云々とは違う次元で、繋がっていたいと思わせる雰囲気力です。

これはひょっとして私も洗脳されてしまったのかと、
ちょっと怖くなりました。
でも一方でひとつの納得感がありました。
そこに居たくなる場所、
その人と一緒にいたいと思わせる人、
その酒を飲んでいるという満足感、
それは、「気持ちの良さ」という価値観の尺度であり、
間として抗えぬ絶対的な魅力であるということです。

つまり、
自然派の酒の価値とは、
これまで私が酒を評価してきた基準とは、
別の次元の基準をもってはからなくてはならない。
その酒自身が、「気持ち良い」という雰囲気を醸し出しているか、
その酒を飲んだ人に、その「気持ち良さ」が伝わる力を備えているか。
そんな価値観を持ってはからなくてはいけないのではと思うのです。

私は、この「気持ち良さ」という基準が、
自然派日本酒の価値をはかる自分にとってのひとつの基準だと思っています。
これは、酒のうまさをはかる基準ではなく、
酒の原材料、造り手、酒蔵、売り手、売り場が、
偽りのない「本物」であるかをはかる基準なのかもしれません。

そのうえで、酒はやはり酒としてのうまさを求めなくてはなりません。
自然派など気にしていない普通の人にとっても、
その酒はおいしい酒であるのか?
この双方を兼ね備えた酒がもし市場に現れたら、
その価値は限りなく大きいと、
私はそう思います。

2017年11月28日火曜日

本格焼酎の挑戦を望む!

「本物の焼酎とはこういうものですよ」
「本当においしい焼酎の飲み方はこうですよ」

様々な焼酎の蔵元の方々とお付き合いをするようになって感じたこと。
特に鹿児島の蔵元にはこの傾向が強いのですが、
焼酎の原点や、地元で愛されてきた品質や飲み方に対する強い愛着と誇りを持っている方が多いと感じます。
いかにも九州の男らしい、まっすぐで頑固な姿は、
カッコいいし、素晴らしいと思います。

「いやぁ、でも東京ではもう少し香りが華やかで芋臭くない、すっきりとした酒が売れると思いますよ」
と軽く申し上げた言葉が、
「そんなまがいものの芋焼酎しかわからん奴にうちの焼酎を売って欲しくない」
と、強烈な逆襲を受けて、危うくケンカになりかけたこともありました。
トラウマというくらい、すごく印象に残っています。

自分の生まれ育った地元と、自分の造る酒に誇りと自信を持つことは大切です。
確かにそれが原点だと思います。
でも、
私はやはり今でも変わっていないようです。
市場を学んで、市場に受け入れられる酒質を目指す。
それは、別に自分の原点を捨てるということではなく、
「成長する」ことだと思うのです。

市場は日々変化しています。
人々の嗜好もどんどん変化しています。
昭和の時代とはかなり違う毎日の食事で育ってきた平成の世代に、
昭和の原点を押し付けても無理でしょう。

「麹で作る本格焼酎は、水やお湯で割り、食中酒として原料由来の風味を楽しむ飲み物」
「それが世界のスピリッツと違う、日本の本格焼酎の特徴である」

この定義(?)のような思い入れに、
私はずっとどこか違和感を覚えてきました。
なんとなく、
かつてケンカしそうになった蔵元の言われるような、
こちらの思い込みの押し付けではないのかなという気持ちが拭えませんでした。

先日、中央会主催の飲食店向け勉強会が ぐるなび大学 で行われました。
そのなかで、元レカンのソムリエ 大越基裕さんのレクチャーを聴いて、
長年の私のムラムラした思いに、ひとつの解答が見えました。

大越さんは、
「本格焼酎を割ってカクテルにすることを恐れるな」と言います。
ほとんどの人は、割ってカクテルにするならクセのない甲類焼酎がいいと思っているが、
無味無臭のアルコールで割るのは、素材の風味を薄めているだけで、何の付加価値もつけていない。
カクテルとは、異なるものを合わせて新しい価値を生み出すところに意義があるわけであるから、個性のある本格焼酎を使わなくては、薄めて酔っ払う以上の価値が何もないではないか、ということです。

カクテルというと、なんとなく次元の違うものを思い浮かべるかもしれませんが、
例えばレモンサワーを想像してみたら良いと思います。
レモンサワーは立派なカクテルです。
そして居酒屋の主力商品であり、今はブームとさえ言われています。
大越さんが現在経営しておられるベトナム料理屋では、
蜂蜜などを入れた特製のシロップに漬け込んだレモンを、壱岐の麦焼酎で割ってレモンサワーを作っておられるということです。

そう考えてみると、
芋焼酎の皮と黒麹、そして蒸留という製造過程に由来する特徴的な香り、
ゲラニオール・シトロネオール・リナロールは、柑橘類の香りです。
芋焼酎でレモンサワーを作ってみたくなりませんか?

レモンサワーの市場に本格焼酎が欠かせない存在になったら、
市場の広がりは桁が違います。
色々な人が、様々な個性豊かなレモンサワーを競い合い、
それを店の売りにするような状況が生まれれば、
かなり面白い市場が見えてくると思うのです。



2017年11月6日月曜日

コンペティションによって磨かれる日本酒の価値基準

成田空港の免税店で日本酒のプロモーションのお手伝いをした時のことです。
イギリス人の旅行者から「日本のウイスキーはどこで売っているの?」と聞かれてびっくりしました。
私のなかで、ウイスキーとはイギリスの飲み物で、ヨーロッパ土産に買って帰るものだと思っていたからです。
「日本のウイスキーは品質が高いって評判よ」
との言葉を聞いて、なるほどと頷きました。
国際的に権威あるコンペティションで世界一に選ばれたという評判が、
いつの間にか日本を訪れる外国人旅行者のなかに根付いた結果なのですね。

消費者が酒を知る術は意外に少ないものです。
自分で酒の勉強をしたり、雑誌の特集号を買ったり、
試飲会に参加したりする人は、ごく一握りの消費者に過ぎないという当たり前の事実を、
とかく業界のなかにどっぷりと浸かっている私たちは忘れがちです。
ほとんどの消費者にとって、おいしい酒の情報はマスメディアや人の噂(口コミ)を通じてしか入ってこないのです。

日本のウイスキーが世界の市場で戦えるようになった背景には、
世界的なウイスキーブームという良い流れに、
国際コンペティションで最優秀賞をとったというニュースが重なったことが大きく影響していると思われます。
このウイスキーメーカーが長年にわたって国際コンペティションに応募しながら世界に負けない品質向上を目指してきた結果が、最優秀賞の受賞に結び付くことがなかったら、
私のであったイギリス人の旅行者は、日本でウイスキーを生産していることすら知らなかったかもしれません。

世界的な日本酒の広がりという良い流れは、ウイスキーにシンクロします。
次のステップは世界の消費者の噂話になるような情報活動を行うことです。
すでに国を挙げた日本酒のバックアップ体制が整えられつつありますし、
酒造組合中央会でも非常に高いプライオリティーをもって海外戦略が繰り広げられています。

市販酒の国内外コンペティションも様々なものが現れてきました。
日本人に限らず、消費者は酒を知るための目安として権威による格付けを求めています。
新酒鑑評会のような技術審査会とは異なる、バラエティーに溢れた市販酒の価値は、
決して一律ではあり得ません。
様々な国内外のコンペティションがまず切磋琢磨することによって日本酒の価値基準が磨かれ、
真にクオリティーの高い評価とジャーナリズムに繋がってゆくことが、
世界における日本酒の価値を高め、
上質な食生活に欠かせぬ存在になることを信じています。