2017年5月12日金曜日

酒のイベントについて(昨秋につづいて)

造りが終わって春になると、様々な酒のイベントが開催されます。
酒のイベントを集約したサイトは溢れそうな情報にアップアップしている様子。
私も最新の情報収集のために出来るだけ参加するようにしています。

長いこと色々なイベントに参加してくると、
徐々にイベントの様子が変化している様が何となく感じられます。

まずは県単位のイベント。
かなり以前から継続している島根県や秋田県のイベント以外にも、
首都圏に馴染みの深い東北・関東圏では、
今ではほとんどの県がイベントを開催しています。
そして、どのイベントもとても盛況です。
業者にとっては、多くの蔵の酒を一挙にきき酒し、
蔵元の顔を見て、話をすることができる場ですから、
商材の見極めをするのには極めて役に立つ会です。
県単位のイベントは、夜に一般消費者向けのイベントも行っているものが多いようですが、
これも大変盛況で満員になっているという話を聞きます。

その他にも様々な切り口のイベントが沢山行われています。
最近は「若手蔵元」というキーワードを切り口にしたものが多いですね。

これらは概して業者・一般消費者という区分を設けず、
興味がある方はどなたでもというスタンスであるものが多いように思います。

場の雰囲気にも随分気を遣うようになってきました。
「おしゃれ」で「フォトジェニック」な雰囲気にこだわる背景には、
インスタグラムなどで情報が拡散することを前提にして企画していることが見えます。
Aoyama Flea や、中田英寿の Craft Sake Week は、
かなり雰囲気良く、居心地の良いイベントでした。
おしゃれで雰囲気が良ければ、
消費者にとっては、自己イメージを高くする場として価値のある存在になってゆくことでしょう。
素晴らしいことだと思います。

中田英寿のイベントは今年が2年目ですが、
確実にレベルを上げて浸透し、見逃せないイベントになってきていると感じます。
このイベントの素晴らしさは、「場」と「期間」だと思います。

六本木ヒルズという決して便利とは言えない場所ですが、
屋根のある広いオープンスペースは、人を集めるイベントとしてはベストだと思うのです。
本当は日比谷公園のビアフェストのようなイベントが良いのですが、
青空イベントは天候のリスクが大きすぎます。
そこそこの広さがあるこの場所で、ちょっとおしゃれな雰囲気で酒を楽しめるのは、
何とも言えぬ大人の世界を演出していたと思います。

もうひとつ、このイベントは10日間という期間を設けました。
この期間に日替わりで異なる内容が展開されることにより、
特にSNSを用いた期間中の情報拡散が面白いように達成されました。
主催した中田英寿のブランドを向上させながら、
同時に日本酒業界にとっても、大きな貢献になったと私は評価しています。

このように大きなイベントを行うのはお金もリスクも伴いますから、
誰にでも出来ることではないでしょう。
でも、小さいにせよ、中くらいにせよ、
イベントを企画するからには、
何らかの意義を見出せるものにしたいですね。

最近行ったイベントのなかには、
とにかく人が多くてゆっくりテイスティングもできず、
蔵元とお話など到底できず、
一体自分は何をしにここに来ているのだろうと、
ちょっと虚しくなって、早々に帰ってしまったものもありました。

いずれにせよ、
これだけイベントが多くなってくると、
そろそろその中身を見直すことが求められると思います。
そうしないと、飽きられてしまいます。
誰に対して、何をアピールするイベントなのか。
しっかりと考えないと。

考えることって、大切ですよ。

2017年2月20日月曜日

地理的表示(GI)について

昨年末に山形が日本酒のGIに認定されました。
これで、日本酒に関わるGIは、ようやく3つというわけです。

GIといっても、恐らく業界に関わる多くの人にとっても、
何だかピンときていない様子が伝わります。
「で、なに?」 みたいな。

私もそんなひとりです。
それほどGIについて勉強してきたわけでもないし、
GIをとったからといって何が変わるとも思えませんでした。
でもそれは大きな間違いです。
GIは、恐らく日本酒にとって短期的な最大の課題かもしれないと
最近になって確信するようになりました。

日本酒関連で認定されたGIは、これまで3つ。
2005年に認定された「白山市(石川県)」
2015年に認定された「日本酒」
そして、昨年認定された「山形」。

それぞれが何となくバラバラな地域名称であるために、
全体としてのGIの意義が見えなくなっているのかもしれません。
そして10年以上も前に「白山」がGIに認定されているのに、
その事実を認識している市場関係者は極めてすくないですし、
当の白山の酒造家達でさえ、
白山のGIを大っぴらに名乗ってプロモーションしている様子は見られません。

でも、意義は果てしなく大きいのです。
「日本酒」とは、ざっくり言うと、国産米を使用して国内で製造された清酒。
「山形」は、国産米を山形の水で醸し、山形で製造された清酒。
「白山」は、国産で1等以上の醸造用米を白山の地下水で醸し、白山で製造された清酒。
さらに精米歩合70%以下で麹歩合20%以上などという条件もつきます。

このような生産基準の話ばかりしていると、
面白くないし、
しかもGIの本質を見失ってしまいます。
GIとは、本来地域の酒質と結びついたもので、
GIを表示することが、その酒質を保証するものです。

フランスワインのAOCを思えば、さらにわかり易い。
ボルドーの赤ワインと聞いただけで、
私たちはカベルネ・ソービニョンやメルローを中心に造った
濃いルビー色と濃密なアロマとシルキーなボディを想像し、
ブルゴーニュの赤ワインと聞いただけで、
ピノ・ノワールのベリー系のアロマと、
フルーティーで繊細ながらも、酸に支えられた強いボディを想像します。

このような産地イメージが、
それぞれのAOCに結びついていて、
それを知識として積み上げてゆくことで、
もっとワインの理解が深まり、かつ面白くなってゆくのです。

だから、
ワインのラベルには日本酒度や酸度、アミノ酸度などの細かな技術指標はなく、
消費者はAOCの表示だけで、かなり多くの情報を想像することができるのです。

海外から日本酒を見た時、
恐らく各地の産地イメージまで持てる消費者はほとんどいないでしょう。
知識はブランド名までで止まっていて、
「獺祭」は知っていても、山口の産地イメージはない。
「飛露枯」は知っていても、会津の産地イメージはない。
だから底が浅いのです。
「飛露枯」が手に入らない、もしくは予算に合わない時、
何を選んだら良いのかという選択基準が、
少し詳しい(時に思い込みの激しい)酒販店店主や飲食店店主の言葉しかないのです。

日本酒の国際戦略を考える時、
これはゆゆしき問題です。

日本の酒業界は、一日も早くGIを核とした産地イメージを確立するべきです。
行政区域に縛られず、
本当に産地の味わいを合理的指標で共有できる単位。
部落単位でも町単位でも、
どんな単位でもよいし、
小さい単位を包括する、「東北」なんていうGIが多層的にあってもいい。

この議論を地域ですることにより、
テロワールという、何となくわかったようなわからないような議論が、
もっと現実的で、
真に地域を差別化する福音として、認識されるようになるはずです。
地域が残ることによって、
地酒は生き残る意義を見出します。
そこにしかない酒。
他に代替できない酒。

酒が産業として歴史を刻み続けることができるか否か。
酒の未来は、我々の手中にあると言っても過言ではありません。

2017年1月17日火曜日

ブレンド酒

あまり難しいブレンドの技術を述べるつもりはまったくありません。
というか、そのような技術も知識もありません。
ただ、
「ブレンド」という言葉に私は強い思いと期待感を持っているのです。

日本酒の世界は限りなく若くてフレッシュなシングルカスクの酒に向かっており、
そのピュアでフルーティーな香味が、新しい消費層を獲得しています。
それは旧来の普通酒市場の飲まれ方とは違う、
新しい日本酒の世界を拓きました。
素晴らしいことです。

でも、
世界の素晴らしい酒に目を向けると、
そこには必ず「ブレンド」という言葉が介在しているように思えるのです。

私が最初に「ブレンド」という言葉の重みを覚えたのは、
フランスのシャンパーニュ地方に行った時のことです。
あれだけテロワールとヴィンテージにうるさいフランスのワインなのに、
何故かシャンパーニュはブレンドを基本として、
特殊な年にのみヴィンテージをつけてきました。
そして、
名だたるシャンパンハウスの味を守り育てるために、
気が狂うほどのテイスティングを繰り返し、古酒を含む数多くの原酒をブレンドします。
ですから、チーフブレンダーこそが要であり、シャンパンブランドの価値の礎になっているのです。

ウイスキーもそうです。
シングルモルトといえど、ブレンデッドといえど、
複数の樽をブレンドして、変わらぬその蒸留所の味を作り上げ、再現する作業は、
気が狂うほどのテイスティングを繰り返しています。
日本ウイスキーの父と呼ばれる竹鶴政孝も、息子の竹鶴 威も、
優秀なチーフブレンダーでした。

日本酒にも「調合」と呼ばれる工程があり、
ブレンドの責任者がいます。
レギュラー酒には、その蔵の酒と飲んだ人が分かってくれる味の再現性が求められます。
何本もの仕込みを四季にわたって行う大きなメーカーでは、
信頼のおける調合責任者が大切な役割を果たしてきたはずです。

この技術を日本酒はもっと大切にしたらいいのにと、
ずっと思っているのです。

剣菱・白鷹・菊姫のように、飲めばわかる酒。
いつ飲んでも裏切られない酒。
大人の酒の行きつくところは、
そんな方向なのではないかと思ったりするのです。
そして、
ブレンドはそれを可能にする大きな技術足り得るのではないでしょうか。

酒は混ぜるとうまくなる。
試しに、家でやってごらんなさい。

2017年1月4日水曜日

コミュニケーションとしての日本酒

仕事柄、さまざまな外国の方と日本酒の話をする機会があります。
私が接するのは日本酒や日本の文化に興味を持っておられる方が多いので、
少なからずフィルターのかかった方々ではあると思いますが、
そのなかで感じるのは、
日本という国や、日本の文化というものに、
リスペクトを抱いている人がとても多いという事実です。
たとえフィルターがかかっていようが、
そのように思ってくれている方が沢山いるのだということだけで、
未来はあるなぁと思います。
それが人間というもの。

日本人・外国人を問わず、
誰かとお話をするとき、
コミュニケーションを成立させるためには、
なにか共通の認識が必要です。
それは、政治・経済かもしれないし、
アイドルかもしれないし、
猥談かもしれません。
自分の体験と認識から言葉になることを
他人と共有するのがコミュニケーションです。

私はこのコミュニケーションというものが、
とても素敵だと思っています。
自分とはまったく別の人格と経験を持った方々と
時間と場所と考えを共有し、
時には反発することもあるかもしれませんが、
とても楽しい、新しい経験を積み上げることもできます。

その相手が外国人であると、
喜びはさらに大きいわけで、
新しいことを知る喜びと
受け入れてもらえる喜びの両方を
とてもとても感じることができます。
外国に「はまる」人の気持ちって、
こんなところにあるのではないでしょうか。

日本酒は、
そんなコミュニケーションを成立させる小道具として、
とても優秀・有効なものです。
飲んで良し
語って良し。
飲むと、
さらに共有感と理解度が高まるのですから
これはすごいツールです。

大昔から、
酒は「気ちがい水」と言われながらも
そうして人と人を繋いできたのでしょう。
それぞれの国にそんな歴史があるはずです。
別に日本酒でなくてはいけないものではありません。
でも、折角日本人に生まれたのですから、
自分の血に流れている「米」のDNAを感じて欲しいと思います。

これって、まったく酒飲みの自己弁護ですね。


2016年11月7日月曜日

外国でつくる日本酒

それほど沢山の外国産日本酒を飲んだことがあるわけではありません。
でも、外国でつくる日本酒と聞いた時、
私のなかには期待する気持ちが大きいのです。

かじった程度の知識で酒をつくって、
どうせ大したものができるわけがない。
これが、恐らく多くの人が持っているイメージだと思います。
確かに、これまで味わったいくつかの外国産日本酒には、
独特の酸味と、洗練とは評価しにくい複雑味が感じられるケースが多かったのです。

ただ、
少しお金があって、合理的な考え方をする人間であれば、
日本でつくられる酒と遜色ない酒をつくることは、
それほど大変なことではないように思います。
技術はかなりの部分が数値化されていますし、
機械も発達しています。
足りない部分はコミュニケーション力を発揮して、
人のノウハウを教えてもらえばいい。

要するに、技術よりもマーケティングを考える人間の方が成功するのかもしれません。
これが総論です。

きっと、これから5年くらいの間に、
もっと多くの外国人や日本人が、
外国で日本酒をつくろうと醸造所を立ち上げるでしょう。
自分にチャンスがあればやってみたいと思うくらいです。

日本国内でも、新規免許がおりるでしょう。
免許制度は意欲のある新規参入者を拒んではいけません。
日本酒をつくってみたいと思う人間は、
外国よりも日本にたくさんいるはずです。

私は、こうして多くの新しい新規参入者たちが
国内外で酒をつくるようになればいいなと夢見ています。
そうなれば、きっと生産者も消費者も色々なことを考えるようになるでしょう。
そして、
何が本当に価値のあるものなのか、
何が自分にとっての個性なのか、
どこからどこまでが模倣で、
どこに決して模倣を許さぬ真の個性が存在しうるのか、
日本酒の価値というものの根本を考える日が
必ずくると思うのです。

自分もその議論に加わることができる近未来であることを祈りつつ。

2016年10月20日木曜日

テロワールと市販酒の評価③

日本酒の世界にテロワールが真に根付いて、
それが市販酒として様々な場で評価されるようになったら、
恐らく評価の高い酒に対する需要が集中的に高まることが予想されます。
その時には、価格の流動性が問われることになります。

酒の世界は級別審査の名残を色濃く残し、
かつては級別による固定価格が当たり前でありました。
級別審査がなくなった後は、それに代わる基準として特定名称というものが出来て、
より商品スペックに基づいた価格設定がなされるようになりました。
それでも固定価格への執着は収まらず、
結果として、〇〇米を〇〇%精米歩合の〇〇特定名称の酒の価格は大体〇〇円という図式が市場には定着しています。
流通のプロの世界で価格を見積もる要素として、ある程度の数式は必要です。
しかし、物の価値というものは、スペックで決まるものではありません。
まして酒は嗜好品です。

原価を割り込む価格で商品を販売したり、優越的地位を乱用して価格を買いたたくことを良しと思う気持ちはありませんが、価値があって需要があるものを高く販売することが悪いことだとは私は思えません。
希少商品は、ブローカーを経てびっくりするような価格で店頭に並んでいます。
正規取扱い商品ではありませんが、それを買ってゆく消費者のニーズがあることに間違いはありません。
免許を持たぬ不正な業者が卸行為をするのは取り締まるべきです。
ただ、価格は需給バランスが決定するという市場の法則に則り、流動性を持っても良いのではないでしょうか。
製造元や正規代理店がしっかりと利益をとれる仕組みを作ることが業界を発展させることは間違いありません。
利益をとるためには、定まった価格の中でマージンを取り合うのではなく、
商品の価格そのものを上げることを求めるべきです。

製造元は再販価格に責任を持つ必要はありません。
高い価値の商品を作る力を持った製造元は、
存続・発展するために必要な価格で商品を代理店に販売し、
流通は商品の価値と市場のニーズを汲み取って価格を設定する。
この継続によって、市場における商品価格はかなりの幅を持ってくるはずです。
ワインの世界に300円台のワインから100万円のワインがあるのと同じように。

市販酒の評価は、この価格形成に大きな影響を果たすはずです。
日本酒が世界の市場に出て、
さらに発展するためには、
市場が良いと判断する酒を様々な方法で表現する必要があると思うのです。

様々な評価会がプライドを持って競い合い、
消費者にとってより良い指標を与えてくれることを、
心から願っています。

2016年10月19日水曜日

テロワールと市販酒の評価②

一般の消費者にとっても、流通・飲食に携わるプロにとっても、
「どこの酒の評価が高いか」 という漠然とした質問は、かなりプライオリティーの高いものです。

自分自身が様々な機会を捉えてきき酒をし、
自分自身の評価基準で良い酒を見つけるという姿勢は大切ですが、
限られた肉体と時間で、すべての酒を評価するのは困難。
となると、なにか基準になる指標をいくつか持っている必要があります。
  
  全国新酒鑑評会
  各国税局の実施する鑑評会
  各都道府県の実施する鑑評会
  杜氏組合の実施する評価会
  IWC
  パーカーポイント
  Sake Competition
  ワイングラスでおいしい日本酒アワード
  燗酒コンテスト

私の知らない評価会も、きっとまだまだ沢山あるのでしょう。

この中で、蔵のなかで一番自信のある酒を出品する評価会と、
一般に市販されている酒を出品(もしくは買付け)する評価会があります。
このふたつは目的が異なります。

前者は蔵元の製造技術を競う評価会です。
美術コンテストのようなものですから、
蔵元として、「最高の技術を注ぎこんだ1点の作品」という色彩が強い。
評価された酒そのものの品質もさることながら、
その酒を造り出した蔵元の技術が評価されます。
酒の専門技術者が真剣に審査して、そのなかでの順位を決めるという性格の評価会です。
順位を発表している会と、金・銀というグループを選別する会がありますが、
審査の得点には順位がついてます。

後者はより消費者に近い評価会であり、
消費者や流通・飲食店の手に入る市販酒のなかで、良いものを評価する会です。
技術を評価するというよりは、消費者にとっての官能を重視する評価といっても良いでしょう。
酒の専門技術者だけではなく、ソムリエ・ジャーナリスト・流通・酒ファンなどを審査員に入れて、より多様な視点から酒を評価するものであること。
また、酒のタイプによって部門を分けて審査しているのが特徴です。

全国新酒鑑評会など、前者の会が清酒の技術向上に寄与した部分は大きいでしょう。
蔵元や杜氏は、金賞を目指して一生懸命の努力を重ね、製造技術を高めてきました。
これからもその位置づけは変わらないと思います。
この角度からの一律的な評価会は、技術研鑽のためには有意義です。

ただ、日本酒のマーケティングを考えるのだとしたら、
消費者や流通・飲食店が一番知りたがっている情報を与える後者の意義が高いと言わざるを得ません。
様々な評価会があって、それぞれがプライドを持って競い合うことによって、
マーケットに正しく、役に立つ情報を供給することができます。
どれが一番と決めることはできないからです。
それはマーケットが長い時間をかけて選別してゆくことでしょう。

それぞれの評価会の結果を、
私はいつもわくわくしながら待っています。